投票率は各地で過去最低を更新、無投票当選も増加するなど、いまひとつ盛り上がりに欠けた感のある2015年の統一地方選挙。
そんな「冷めたムード」の中で、良いか悪いか人々の関心を集めたのは、千代田区議選の
や、まるで“ミスコン”と呼ばれたの の港区議選など、良識派の大人が眉をひそめそうなキワモノ選挙ばかり。そんな中にあって、ひと際異彩を放ち、独特の存在感を示していたのが、千葉市議選・花見川選挙区から立候補した「ニート25才」こと上野竜太郎さんです。
「ニート25才 上野竜太郎」とだけ書かれた“白黒”選挙ポスターでネット住人たちの心を“つかむ”と、最終的には1399票の獲得(当選者の次次点)という「意外な」健闘を見せました。
選挙後も、熊谷俊人・千葉市長が会見で「参院選比例区だったらひょっとしたら当選するぐらいの票になったのでは」と彼について言及するなど、各所で話題を集める結果に。
さてさて、筆者が注目するのは、そんな上野竜太郎さんが1399票の獲得で「供託金50万円の没収を免れた」という点、また上野さんが自身のツイッターや選挙公報で「選挙費用は8000円しか使わなかった」としている点です。
そこで今回は、上野さんの選挙戦を参考に、選挙に打って出るには
、 、を改めて見ていきたいと思います。
供託金
まず、上でも登場した供託金(きょうたくきん)と呼ばれるものです。
これは立候補の届け出の際、法務局に納入しなければならない一定額のお金のことで、具体的な金額は選挙の種類ごとに定められています。
売名行為など無責任な立候補の乱立を防ぐ目的の制度で、お金は一時的に預ける形となりますが、実際の選挙での得票が一定数に満たなかった場合などには没収されてしまうことになります。
上野竜太郎さんが立候補した千葉市の場合は、以下のような規定が適用されます。
政令指定都市の市長 | 供託金:240万円 没収基準:有効得票数×1/10未満 |
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政令指定都市の市議会議員 | 供託金:50万円 没収基準:有効得票数÷議員定数×1/10未満 |
上野さんが出馬したのは、千葉市議会議員選挙・花見川選挙区なので、実際の選挙結果を式に当てはめてみると、
143,025(有権者数)×42.67%(投票率)÷10(定員数)×1/10 = 610.28票
無効票が若干混じるとして、およそ600票くらいが没収ラインと考えられます。
上野さんは1399票を獲得しているので、この没収ラインを「ダブルスコア」でクリアしていることになります。改めて、その健闘ぶりがうかがえる結果です。
この供託金、国会議員の場合は、
衆議院議員(小選挙区) | 300万円 |
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衆議院議員(比例代表) | 600万円 |
参議院議員(選挙区) | 300万円 |
参議院議員(比例代表) | 600万円 |
都道府県の場合は、
都道府県知事 | 300万円 |
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都道府県議会議員 | 60万円 |
政令指定都市以外の地方の場合は、
市長・東京23区長 | 100万円 |
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市議会議員・東京23区議会議員 | 30万円 |
町村長 | 50万円 |
町村議会議員 | 供託金なし |
となっており、町村議会議員選挙以外は、いずれの選挙に立候補する場合においても、没収のリスクも視野に入れた上での「まとまったお金」を用意できることが、出馬にあたってまず第一の前提となることが分かります。
余談コラム―ある英雄の死―
今回の統一地方選挙の最中に飛び込んできたのが、いわゆる“泡沫候補”の雄として名を馳せた「羽柴誠三秀吉」こと三上誠三氏の訃報でした。
過去14回の選挙に出馬し、供託金の没収は9回を数えるという三上氏。
地元の青森では、実業家としても相当に有名な人物だったようです。
彼が、9回も供託金を没収されながらビクともせず挑戦を続けられた背景に、その潤沢な資金力があったことは言うまでもないでしょう。
その他の費用
次に、供託金以外にかかるお金(費用)を見ていきましょう。
なお、私たちが“選挙”と聞いて真っ先にイメージする「選挙カー」ですが、市議選・区議選などでは、「選挙カー」のレンタル代、ガソリン代、運転手の報酬が公費負担になっている(つまり している)場合がほとんどだそうです。
選挙のたび「やかましい!」とさえ感じてしまうあの「選挙カー」が、我々の血税で賄われているという皮肉な事実。
その不要論が近年ではしばしば選挙の局地的な争点にも取り上げられる「選挙カー」ですが、今回の上野竜太郎さんの選挙戦略の核心に(「選挙カー」「選挙ポスター」を含めた)「公費負担は一切受けない」という強い信念があったことは、見逃せない事実でしょう。
したがって、以下は、ごくごく一般的な選挙活動において、「必要とされる」費用ということになります。
人件費
選挙運動に携わる事務員・労務者への報酬。
具体的な作業としては、事務作業、ハガキの宛名書き・発送作業、看板類の運搬作業、自動車の運転、ポスター貼りなど。
また、車上運動員(いわゆる
)、手話通訳者への報酬。※これらの報酬は、受け取れる人数や金額に制限がある。
家屋費
選挙事務所の費用。
仮設の場合は建設費、賃貸の場合は賃料。
電気・水道の新設や、電話・光回線の引き込み工事代金なども含まれる。
通信費
ハガキや封書などの郵送料、電話代などの費用。
※但し、選挙用の通常ハガキ(法定ハガキ)の郵送料は上限枚数まで無料。
広告費
選挙カーの装飾、選挙事務所の看板、拡声器のレンタル代、新聞広告代などの費用。
食糧費
選挙事務所で提供するお茶や菓子代、選挙運動員への弁当代。
※運動員への弁当については、選挙期間中の総数、人数、1食あたりの上限金額が決められている。
文具費・雑費
画鋲やボールペンなどの筆記用具代。選挙に用いた手袋・帽子、両面テープ、ガムテープ、紙コップ・トレーなどの代金。
印刷費
選挙運動用ポスター、通常ハガキ(法定ハガキ)の印刷代。
※多くの選挙の場合、ポスターの印刷代は公費負担がある(つまり候補者の負担なし)。
立候補予定者を悩ませる“印刷費”
選挙期間中だけを考えれば公費負担も使え、それほど大きな費用にはならないが、多くの候補者を散財させるのはこの印刷費であるようだ。
これは、選挙に出馬しようと考えた場合、実際の選挙期間の何ヶ月も前から「後援会活動」「純粋な政治活動」といった形での
が行われるのが普通であるため。そこでの印刷物の製作費は、当然「自腹」ということになるわけだ。
公示・告示日から投票日までのいわゆる「選挙期間」に関しては、『公平』という観点から、使える費用に上限が定められていたり、公費負担があったりするため、トータルとしてかかる費用に候補者間で大きな差が出ないような仕組みになっています。
一般に「選挙には金がかかる」と言われるのは、上でも述べたように、実際の選挙に至るまでの『事前活動』にたくさんのお金を使ってしまうためです。
その期間が長ければ長いほど、選挙で当選したいと思えば思うほど、積極的な活動を長期間にわたって続けざるを得ず、それが候補者自身にとって大きな財政的負担となるわけですね。
ぶっちゃけ、いくらかかるのか?
最後に、ブログ等で、実際にかかった選挙費用を“ぶっちゃけ”ている方々のデータを参考程度にまとめておきます。
- 東京都議会議員O氏:700~800万円
- 釜石市議会議員E氏:143万円
- 西東京市議会議員候補T氏:137万円
- 秋田市議会議員M氏:4万5千円
- 須賀川市議会議員S氏:2万円
です。
地域差、人口差、選挙の規模、政党に属しているか否かによっても、候補者の「自腹」額は変わってきます。
一般的な相場では、地方議会議員で総額200~800万円、国会議員で総額1000~6000万円ともいわれているようです。
おわりに
上野竜太郎さんが使った総額8000円の内訳は、おそらくポスターを自作するためのトナー代やコピー代、ポスターを貼りにまわるバス代などだったのではないかと想像します。
上で見たように、選挙ポスターの作成には公費負担があり、それなりに立派な出来栄えのポスターを自己負担なしで制作できるのに、上野さんは
を切っています。これは一体、どういうことなのでしょうか?
逆の見方をすれば、この8000円は、あえて自腹を切る「価値のある」8000円だったということです。
上野さんの主張の根幹には、選挙カー、選挙ポスターなどに当てられる公費負担は「税金のムダづかいである」という思想があります。
一方で彼は、候補者を選ぶツールとしての「選挙公報」には熱く注目しています。
実際、シンプルかつ胸に響く“名文”である彼の選挙公報には、「公費負担ゼロ」と「選挙費用8000円」がしっかりと謳われています。
つまり「8000円」という数字は、彼自身の主張を明確化するための「具体例」として必要なものだったのではないでしょうか?
ここまで明確にコンセプトを切り、それを企画として練り、実行にまで移せる人間が、社会で通用しないはずはありません。
8000円という低予算で、単なる“泡沫候補”の枠を飛び越え、当選者の「次次点」にまで到達してみせた上野さんの今回の活躍を、「選挙にかかるお金」について、改めて考えるきっかけにしてみてはいかがでしょうか?